冬の逢瀬の 〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


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 警視庁の陰の大立者、平成最初の鬼刑事などなどと。その手腕を謳われて…おいでかどうかは定かではないながら、それでも、警視庁捜査一課にこの人ありと その勇名を馳せておいで。微妙に組織犯罪系、公安が扱いそうな複雑な広域犯罪でさえ、それは根気よくも、その耳目と勘を構えてのこと、関係者らの人脈を辿り、物流や情報の出入りを観察した上で。実行されれば首都圏を大混乱に陥れただろう、サーバーテロと、そのどさくさに図られていた怪しき犯罪計画を、やすやす押さえ込んだこともあったほど。

 それほどまでの辣腕警部補だというに

 一般職員であればあるほど内情を知らされぬ、絶対非公開という極秘のお仕事上のお手柄であるがゆえ。確かに風変わりでエキセントリックな風貌をした、知的で、なのに活劇格闘も辞さぬ、ホワイトカラーには収まらない、何とも個性的な殿方であるけれど。仕事へ忙殺されておいでの、人付き合いは二の次というところが、所詮は他の中年刑事連中と変わらない。きっと中身だって、融通が利かないただのオヤジなのに違いない…と。誤解かそれとも、どこかへ作為を挟んでの故意にか、褒め言葉には随分と遠い、そんな評を集めておいでのおタヌキ様で。

 そんな風に、
 微妙に癖のある孤高の切れ者。
 不惑の独身、島田警部補殿だけれども。

 佐伯さんが持ち出した、副総監夫人からの難題云々というお話を広げようと思ったならば、時計をちょこっと戻さにゃならぬ。そう、あれは今からほんの1カ月ほど前のこと。
長かった秋をするすると喰らい尽くす勢いにて、途轍もない極寒へと日本のあちこちを落とし込んだ、クリスマス寒波が襲い来ていた宵のこと……。




       ◇◇



 殺傷事件や強盗、籠城。時には誘拐までもを扱う、それが捜査一課という部署であり。殊に、現在進行形の事態や凶悪な事案といった、急を要するものへの、迅速的確な対処を割り振られるのが強行係なものだから。警部補殿への出動要請がかかれば、それがそのままデートの終焉。大都市ならではとでも申しましょうか、突発的に起こる凶悪事件の多さこそが弊害となり、それでなくとも片やはまだ女子高生とあって、遅くまでという時間の自由もそうそう利かず。双方ともに制約が多い身同士の哀しさかな、なかなか落ち着いての逢瀬が楽しめぬ、勘兵衛と七郎次の二人だったのだけれども。

 日頃が日頃であること、
 さすがに見かねた女神様が、
 同情をしてでもくださったのか。

 年頃のお嬢様でなくたって最も盛り上がるだろう、クリスマス・イブという、厳かでムーディで特別な晩に。小じゃれた晩餐と宵のお散歩を楽しみませんかという、余裕あるお誘いを、最愛の恋人へ告げることが出来た壮年殿であったりし。結構な絡まりようで、さんざん手を焼かされてた事件が直前に堂々の解決を見。数名いた容疑者をそれぞれに検察へと送検し、公判へ提出する証拠や参考書類の数々も、日が掛かっていただけに用意がしてあっての、そりゃあてきぱきと仕上げられたものだから。一番非番であってほしかった、積年の望みが凝縮したかのような奇跡の一夜、しっかと掴み取れた島田班ご一同であったりし。

 『逆にいや、
  こんな晩に途轍もない事件を引き起こす奴がいたならば、
  俺ら精鋭が、八つ当たりもかねての完膚無きまでという、
  完璧にして速やかな検挙に掛かってやるってことだから。』

 そんな特殊な事情まで、犯人の側が知る由もなかろうが。そのっくらい間の悪い犯罪を、誰も起こしたりしませんようにと。日頃はやらない神頼みまでして、じゃあと解散してった面々の中。どちらかといや、若いもんは元気でいいねぇと見送る側だった班長さんまで、その日ばかりは意気揚々と、帰宅を急ぐよに席を立って行ったのへは、

 『…おやおや♪』

 征樹殿だけが、こそり“ははぁ〜ん”とピンと来たほど。本当に、どうかどうかお邪魔が入りませんようにと、彼さえ知らぬ筋からも、お祈りいただいたほどの特別な晩。仕事用の、ずんと着慣らしてあって動きやすいものの、少々くたびれかかっているスーツや靴を、もちっとマシな新しいのへと着替えるという、この壮年には破格な級の“特別な”気遣いを忘れなかったその上で。待ち合わせにと指定した、Q街のティールームまで迎えにゆけば。

 「………お。」

 心なしか他の女性らも取り澄ました特別を装っておいでらしい、妙に綺羅々々しい店内にあって。最も品よく愛らしい佇まいにて、それは淑やかに警部補殿を待ってておいで。日頃はといや、一端の大人である勘兵衛でも圧倒されるほど、挑発的な超ミニのスカートを恐れもなくの履いているお嬢さんだが。さすがに今宵は何かしら、約束を取り付けた時点で、感じ取れたものでもあったものか。近づくお人の気配を感じ、待ち人の到着へぱあっとお顔を輝かせた、金の髪した少女のいで立ちはといえば。ビロウドのような質感の生地による、エレガントな仕立てのワンピース。優雅なドレープを印象的に利かせた身頃は藤色だが、純白の詰襟風のスタンドカラーはそのまま胸元まで一体化しており。そんな格式立った印象の仕立ては、色白な少女の痩躯をくるんでいることと相俟って、まるでどこか北欧の皇女の衣装のようでもあって。今宵は細いカチューシャを、後れ毛押さえるようにと飾っただけで。束ねることもせず、少女らしい細い肩へと、さらり降ろされた金絲が柔らかく散っている様子は、ただただ可憐。

 「勘兵衛様。」

 含羞みに口許がほころぶ様もまた、まだまださほどには豪奢な存在感を匂わせぬ、若い緋のバラのようでもあって。慌てて立ち上がりかかるのを、ゆっくりとかぶりを振って見せての制すと、音もなく歩み寄って来ていたウェイトレスへ、ダージリンをストレートのままホットでとオーダーし。チャコールの格子枠がシックなガラス窓を横手へ据えた、見晴らしのいい席の、彼女の向かい側へと腰を下ろす勘兵衛で。彼女もまた、さほど待ってはなかったものか、それほどロマンチックに凝ってもない、ロココ調とまではゆかぬ白磁のティーカップからは、ほんのりと湯気が立っており。彼女もまた、そんなカップを見下ろして、

 「何だか夢のようです。」
 「んん? 何だそれは。」

 儂が約束通りに来たからか?と訊けば、いやえと・あのあのと、ちょっぴりうつむき頬を染める。いかにも純情そうな趣きなのへと、ついついこちらも和んでしまうが。

 “普段からもこうであればよいものを。”

 勘兵衛に内心でそんな感慨を抱かせてしまうほど、実を言うととんでもないお嬢様でもあって。こんな待ち合わせに馴染みのないほど、世間を知らない深窓の令嬢では勿論なくて。先程 挙げたように、今時の途轍もない丈のミニも堂々と履きこなすし、休みともなれば、仲のいい親友たちと、そこが隠れ家か居場所ででもあるかのように、ファッションモールの中を、ウィンドウ・ショッピングにと飛び回ったり。そうかと思えば、話題のスポットとやらへも伸してっての写メを撮っては、御存知でしたか?なんて、メールに添付して送ってくれもして。そんなほどに行動的なのは、この少女もまた、前世の記憶を持った身で転生した存在であるからか。同じ立場の親友二人と、どういう巡り合わせか、同じ女学園の高等部にて出会って以降というもの、数え切れないほどものあれこれへ、巻き込まれたり巻かれたり。

 “主に荒ごとへというのが問題なのだが。”

 思わぬお人と三角関係になってしまっただの、周囲に推されてキャンペーンガールや何とかクィーンへ選ばれてしまっただのといった、ほのぼの微笑ましい事柄なら。年端もゆかぬ当事者にはそれなり大変かも知れぬが、後日にいい思い出になろうよと、どことなく笑って済ませられるもの。ところがところが、このお嬢様にまつわる騒動と言えば。引ったくりや痴漢を取り押さえるなんて、文字通りの序の口で。結構な額の強奪品や故物のからんだ窃盗団の撃退やら、そやつらと同じ穴の狢の一団に人質となっていた、七郎次の叔母様救出大作戦だとか。一応はプロのSPを相手に、巨大な遊園地を駆け巡った鬼ごっこを繰り広げたかと思えば、故物売買の大手ルートを摘発中、そやつらにゴタゴタを起こさせたガールズバンドがらみの跳梁だのもあり、

 “良親がらみのあれこれは、さしたる騒動とは言えぬ、かな?”

 そうでしょうか、勘兵衛様。久蔵さんのお見合い相手を狙った騒ぎとか、思わぬ格好で怪しい人物の目撃者になってたヘイさんの絵の一件とかの方は、良親殿の振る舞いのお陰様、物騒な運びにならなんだという順番かもですが。とんでもない騒動ばかりに縁深い、困った星との巡り合わせも、侍だった前世から持ち込んだものなのか。とんだ跳ねっ返りだったかつての古女房殿は、それでも今のところ、御主の前ではまだまだ純情なものだから。愛らしい少女、憎からず想ってやまない対象を前にすると、こちらもまたあんまりキツくは叱れない勘兵衛様であることが、懲りない彼女らの下地になっているのかもしれないとは……果たしてお気づきであるのだろうかしら?
(…う〜ん?)




 薫り高い紅茶を味わって、ほっと一息ついてから、さて。それではと、イブの晩餐の予約を入れておいた、ここいらでの通称、タワーホテルのラウンジへと向かうことにする。七郎次がクロークに預けていたのは、襟と袖口に大人しめのファーをほどこした濃い色のコート。そちらもロマンチックにしてフェミニンな、なめらかなラインですっきりとまとまった一級品。すんなりとした肢体を覆うデザインが何とも上品で、そういうものをまとって相応しい、何と麗しい少女であることかと、エスコートする側も面映ゆいほど。イブの宵だからということか。街路樹が梢の隅々までたくさんの電球で飾られ、ツリーを模したオブジェがあちこちでライトアップされており。そぞろ歩く人波も、今宵ばかりは二人連れが格段に多い。道幅に比して通行量の多いことと、桁外れの寒さも手伝って。人目もはばからず…というか、人目なんぞ視野に入れず、ひしと寄り添い合っている図もまた多い。いつものように、勘兵衛の少しほど後ろへと寄り添って。そちら様もコート姿になった、その大きな背中に、はぐれないよう ぴとりとくっつくのが精一杯な七郎次だったが。どこからどっちの腕なんだかも判らぬほど、腕をからめ合っての密着して歩む年若なカップルに、すれ違いざま とんと軽く肩を押されてしまい。

 「……あ。」

 雑踏の流れに攫われての、勘兵衛の身から引き剥がされかけたことへと怯えたものか。咄嗟に小さな声が出たところ、

  そんな自分の背中へと、
  するり、回された暖かい腕があり

 そのままぐいと、力強くも引き寄せられたのは。いつもであれば、せいぜいその肘辺りに掴まるのが限度という、勘兵衛の懐ろの側の腕の中。

 「あ……。///////」
 「すまぬな。」

 この雰囲気や空気に便乗しているようで図々しいかも知れぬが、はぐれてしもうては折角の聖夜前がつや消しになろうからのと。間近になると身長差も出てのこと、胸元に抱え込まれる格好となってしまう構図となって、再び歩み始める二人であり。

 「……えっとぉ。///////」

 淑やかについてゆくという格好だったものが、一気に…なかなかに情熱的な道行きとなっており。とはいえ、

 “これって……。////////”

 こっそり憧れていた以上に気恥ずかしいとのお覚えも新たに。頼もしくも精悍な大好きなお人の匂いに、七郎次お嬢様が自分の方からもぱふりとお顔を伏せると。時折パンプスの爪先が歩道から浮き上がるほどもの、余裕のエスコートにて。雑踏の面倒も窮屈も何のその、大人の余裕と…これはもしやして かつて取ったきねづかか、鮮やかな身ごなしによる軽やかな進軍で、あっと言う間に目的地に到着していたものだから。

 「……いらっしゃいませ、島田様。」

 常連客や賓客はすべてお顔と名前を覚えておいでの、タワーホテルのエントランスポーチに立っていたベテランドアマンが。微妙な刹那、言葉を失ったのは。辣腕警部補、その美少女は どっから誘拐して来たのでと、訊きたくなるよな登場だったからに違いなく。確かに…漆黒のコートの懐ろ辺りから、ふわり出現した、金髪に色白な美少女とあって。周囲に居合わせた他のお客様がたもおおと目を見張り、自分の連れより可憐な少女だとそのまま注目し続けて、本命の彼女から後々愚痴られ続けたお人も少なくはなかったらしい伝説は、まま…今回のお話にも今後の彼らにも全く関係ないので、すっぱりと割愛させていただくこととして。


  「あらあら、島田さんではありませんか。」


 周囲からのどよめきざわめきには、それが自分へのものという入り口からして理解が追いつかなかったものの。こうまで格の高いホテルのドアマンが、勘兵衛を名指しで覚えていたことへ、あららと気を取られていた草野さんチのお嬢様。それと同じよな響きを含んだ呼びかけへ、自分が呼ばれた訳でもないのに、細い背中がびくくと跳ね上がってしまったようで。だってだってそのお声って、

 「珍しいところでお逢いしますわね。」

 特別な格の人々ばかりがご来場のロビーもまた、今宵は微妙に人口密度が高そうだというに。そこへとよく通るお声でもって、勘兵衛へと話しかけておいでのその方は。冬柄だろう、椿の花をモチーフにした友禅を、それは上品に着こなしておいでの賢夫人風で。年の頃は勘兵衛よりずんと上と見えたから、上司にあたる警部か警視以上のどなたかの奥方かとも思えたが。快活矍鑠としておいでのその御方のすぐ後ろ、淑やかに控えておいでの女性があって。そちら様は和装ではなくの、シャープな印象の中にフェミニンな香の薫るツーピース姿のご婦人であり。上背のある勘兵衛へ堂々と渡り合ってのきびきびと語っておいでの、こちらのご婦人の付き添い役か。主人格にあたる御仁の言動へ、余計な口を一切挟みもしないでいるのみならず、表情でも邪魔をしないし、そうかといって権高にもならない慎み深さは、知的で嫋やかで、今時には得難い種の女性らしさとも言えて。

 “……それに、美人だなぁ。”

 アーモンドのような、くっきりとよい形の双眸に、真っ直ぐ通った鼻梁も聡明そうな印象で。すべらかな頬は健康的な張りをたたえ、結ばれたままながらも、ちらと視線が合った七郎次へ小さく頬笑んだ口元の、何とも表情豊かなことか。驕らず おもねらず、あくまでも品のいい女性であることがあっさりと知れる、同性同士の眸から見ても好感も持てよう人柄のお人なようであり。そんな彼女をふと振り返った初老のご夫人。何を思ったかいきなり、

 「そうそう、島田さん? この方、ご紹介したことがあったわよねぇ。」
 「はあ…。」

 そんな風に連れを会話の中へと引っ張り出しての、そこへと続けた一言が、


  「あなたもいつまでも独り身というのはどうなんですの?
   よかったらこちらの○○さんとのご交際、
   考えて見る気はありませんか?」

  「……………はい?」



    ビックリ メリー・クリスマス?




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  *クリスマスイブのお話を、
   節分も間近だってのに回想させてる、
   季節感無さ過ぎの今日このごろですいません。
   ちゃんと年末に書かなかった
   しわ寄せですよね、これって。
(う〜ん)


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